寺の酒の名を、よみがえらせて。

赤く色づいたもみじと、瓦屋根の寺の建物写真:KENPEI / CC BY-SA 3.0(トリミング)
一杯から、旅に出る。 · VOL. 52

大阪府 河内長野

寺の酒の名を、
よみがえらせて。

河内長野、享保3年創醸の蔵。

大阪府河内長野市の天野山金剛寺(2007年12月)。
LANDSCAPE / PEOPLE / SAKE

信長や秀吉にも、
愛された酒の名。

中世の寺で造られた天野酒の名を、
受け継いだ蔵です。
01土地を知る

中世の寺は、
酒造りの寺でもあった。

蔵があるのは大阪府河内長野市長野町。河内長野市の広報では、中世の天野山金剛寺では酒造りがさかんで、寺の重要な収入源だったと紹介されています。天野酒は将軍をはじめ身分の高い人々への贈答品として人気で、信長や秀吉にも愛されたそうです。

同じ広報は、戦国時代に周辺の寺院が焼き討ちされるなかでも金剛寺が無事だった理由のひとつに、天野酒の存在があるといわれている、とも記しています。表紙は、その金剛寺です。

旅のメモ

寺の酒の名が、
町の蔵で続く。

02造り手に出会う

AMANOSAKE / SINCE 1718

三木正宗、波之鶴、
そして天野酒。

西條蔵の創醸は1718年(享保3年)。創醸期から明治末期までは「三木正宗」、大正・昭和には「波之鶴」の銘柄で親しまれました。

1971年(昭和46年)、天野山金剛寺の好意と地元の声援を受けて、古格「天野酒」を復活させます。南部杜氏が手間暇を惜しまず醸し、とりわけ純米造りに秀でた蔵として評価されていると公式サイトは紹介しています。室町時代の金剛寺の僧房酒の製法を再現した「僧房酒」も造っています。

公式・西條合資会社の会社概要を読む ↗
蔵の歩みをひらく
  1. 1718年(享保3年):河内長野で創醸。
  2. 創醸期〜明治末期:「三木正宗」の銘柄で親しまれる。
  3. 大正・昭和:「波之鶴」の銘柄で親しまれる。
  4. 1971年(昭和46年):天野山金剛寺の好意と地元の声援を受け、古格「天野酒」を復活。
03 / この一杯を知る

吟醸

天野酒 吟醸 吉祥

名は、天野山金剛寺の吉祥院から。

50%以下精米歩合
15.7%アルコール度
+4日本酒度

数値は公式オンラインストアの商品ページに掲載されているものです。原料米は山田錦、酸度は1.2。公式サイトでは、「吉祥」の名は天野山金剛寺にある吉祥院という建物からいただいたと紹介され、繊細で華やか、辛口ながら甘く豊かな味わいと案内されています。

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いつか、現地へ。

一杯の旅を、
本当の旅に。

河内長野市長野町の地図をひらく ↗蔵のある河内長野市長野町を検索します。表紙の金剛寺とは別の場所です。
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