酒の井戸の、町の蔵。

赤茶色の壁の小さな駅舎と、手前の横断歩道写真:Mister0124 / CC BY-SA 4.0(トリミング)
一杯から、旅に出る。 · VOL. 46

千葉県 酒々井

酒の井戸の、
町の蔵。

千葉・酒々井、元禄年間から。

JR総武本線の南酒々井駅(2021年5月)。
LANDSCAPE / PEOPLE / SAKE

駅を呼び、
酒樽を運んだ蔵。

「酒の井戸」が名の由来という町で、
元禄から続く酒造りです。
01土地を知る

酒の湧く井戸の、
伝説の町。

蔵があるのは千葉県印旛郡酒々井町馬橋。公式サイトでは、酒々井は文字どおり「酒の井戸」が由来の町で、酒という文字がつく町は日本で2つしかないと紹介されています。円福院神宮寺の境内には「酒の井」の碑があり、江戸時代後期の『下総名勝図絵』にも「盃の井」として記されているそうです。

1925年(大正14年)には、飯沼喜一郎が鉄道に土地を提供して南酒々井駅を誘致しました。駅から蔵まではトロッコを引き、酒樽を運んでいたといいます。表紙はその南酒々井駅です。

旅のメモ

駅までのトロッコの跡は、
今はもう残っていない。

02造り手に出会う

KINOENE / GENROKU ERA

奉納の酒から、
商いの酒へ。

飯沼本家はもともと農業と林業を営み、元禄年間に江戸幕府から神社仏閣に奉納する酒を造る許可を得て、酒造りを始めました。商売として酒を造る正式な酒屋になったのは、江戸末期のことです。

1938年(昭和13年)に精米機を導入し、以来、自家精米を続けています。2023年(令和5年)4月には、代表銘柄の「甲子正宗」を「甲子 -Kinoene-」に改めました。

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蔵の歩みをひらく
  1. 江戸・元禄年間:江戸幕府から神社仏閣に奉納する酒を造る許可を得て、酒造りを始める。
  2. 1925年(大正14年):飯沼喜一郎が土地を提供し、南酒々井駅を誘致。
  3. 1938年(昭和13年):精米機を導入。以来、自家精米を続ける。
  4. 2023年(令和5年)4月:代表銘柄「甲子正宗」を「甲子 -Kinoene-」に改める。
03 / この一杯を知る

純米大吟醸

甲子 純米大吟醸 山田錦50

山田錦を50%まで磨いた純米大吟醸。

50%精米歩合

精米歩合と原料米は、公式オンラインストアの商品ページに掲載されているものです。50%まで磨いた白米と米こうじだけで、低温でじっくり発酵させて醸したと紹介されています。Kura Master 2021・2022では、純米大吟醸酒部門でプラチナ賞を受賞しました。

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いつか、現地へ。

一杯の旅を、
本当の旅に。

酒々井町馬橋の地図をひらく ↗蔵のある酒々井町馬橋を検索します。表紙の南酒々井駅とは別の場所です。
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