万葉の浜の、黒い牛。

瓦屋根の古い町家が並ぶ通り写真:663highland / CC BY-SA 4.0(トリミング)
一杯から、旅に出る。 · VOL. 53

和歌山県 黒江

万葉の浜の、
黒い牛。

和歌山・黒江、漆器の町の蔵。

和歌山県海南市、黒江の町並み(2006年11月)。
LANDSCAPE / PEOPLE / SAKE

漆器職人たちを、
客にして始まった酒。

万葉集に詠まれた浜の名を、
酒銘に選んだ蔵です。
01土地を知る

入江の浜は、
漆器の町になった。

公式サイトによると、約1300年前の海南市黒江は入江の奥の浜辺で、今の蔵の付近の波辺に黒い牛の形をした岩が見られたといいます。万葉集には3首の和歌で「黒牛潟」として詠まれ、黒江の地名の由来になりました。蔵の脇には、犬養孝による歌碑が建てられています。

遠浅だった浜は地震による隆起や埋め立てで陸になり、室町時代の末ごろから漆器の産地として栄えるようになったと紹介されています。表紙は、その黒江の町並みです。

旅のメモ

万葉の昔を偲べるような、
まろやかな味を目指して。

02造り手に出会う

KUROUSHI / SINCE 1866

二百両で株を買い、
再起を図った。

1866年(慶応2年)、当時繁栄を極めた漆器職人たちを顧客として酒造りを始めたのは、名手源兵衛でした。蝋燭の製造に失敗した源兵衛は、本家からの借入金200両で、江戸時代を通じて醸造していた酒蔵の株を買って再起を図り、今度は成功したと伝えられています。

明治20年代には一時、県下最大の造石となるほど販路を広げました。1984年(昭和59年)12月には旧精米場に「酒づくり資料館 温故伝承館」を開き、小規模でも高品質な酒造りを続ける方針を固めたと紹介されています。

公式・名手酒造店の歴史と沿革を読む ↗
蔵の歩みをひらく
  1. 1866年(慶応2年):名手源兵衛が、繁栄を極めた漆器職人たちを顧客として酒造りを始める。
  2. 明治20年代:一時、県下最大の造石となる。
  3. 1982年(昭和57年)9月29日:株式会社名手酒造店を設立。
  4. 1984年(昭和59年)12月:旧精米場に「酒づくり資料館 温故伝承館」を開く。
03 / この一杯を知る

純米酒

黒牛 純米酒

米の旨味を引き出した、旨口の食中酒タイプ。

15.6%アルコール度数

アルコール度数と原材料(山田錦/酒造好適米)は、公式サイトの黒牛の紹介ページに掲載されているものです。やわらかな香りで米の旨味を引き出した幅のある味わいと紹介され、ぬる燗から冷やしてまで幅広く楽しめるそうです。

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いつか、現地へ。

一杯の旅を、
本当の旅に。

海南市黒江の地図をひらく ↗蔵のある海南市黒江を検索します。
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