西は西日本、関は横綱。

国東半島の北の海岸からの、夕暮れの眺め写真:Maculosae tegmine lyncis / CC0 1.0(トリミング)
一杯から、旅に出る。 · VOL. 42

大分県 国東

西は西日本、
関は横綱。

国東半島で、明治6年から。

大分県・国東半島の北岸からの眺め(2011年9月)。撮影地点の市町村は特定しておらず。
LANDSCAPE / PEOPLE / SAKE

「西日本の代表酒」に
なりたいと願って。

二代目が銘柄に込めた願いを、
いまも掲げる蔵です。
01土地を知る

明治の酒蔵と、
八角形の煙突。

蔵があるのは大分県国東市国東町綱井。明治末から大正初期に建てられた酒蔵は登録文化財となり、今も現役の酒蔵として働いていると公式サイトは紹介しています。

シンボルの八角形の煙突は1914年(大正3年)に建てられ、1998年(平成10年)に国の登録有形文化財になりました。

旅のメモ

名前に込めた願いを、
代々受け継ぐ。

02造り手に出会う

NISHINOSEKI / SINCE 1873

門外不出の酒を、
「秘蔵酒」として。

1873年(明治6年)に酒造りを始めました。明治20年代に二代目の米三郎が「西日本の代表酒」になりたいという願いを込めて「西の関」と命名し、明治40年には初めて開催された全国品評会で一等に入賞しています。

昭和38年(1963年)12月には、それまで市販されたことのなかった品評会用の吟醸酒を、門外不出の意味で「秘蔵酒」と名づけ、全国に先駆けて市販したと紹介されています。昭和の杜氏には、熊本で「酒造りの神様」とまで言われた野白金一の愛弟子が迎えられました。

公式・萱島酒造の会社案内を読む ↗
蔵の歩みをひらく
  1. 1873年(明治6年):酒造りを始める。
  2. 明治20年代:二代目・米三郎が「西の関」と命名。
  3. 1907年(明治40年):初めて開催された全国品評会で一等入賞。
  4. 1914年(大正3年):八角形の煙突を建造(1998年に国登録有形文化財)。
  5. 1963年(昭和38年)12月:それまで市販されたことのなかった品評会用の吟醸酒を「秘蔵酒」として発売。
03 / この一杯を知る

大吟醸

西の関 大吟醸 秘蔵酒

山田錦を35%まで磨いた大吟醸。

35%精米歩合
17度アルコール分
+3日本酒度

数値は公式の商品ページに掲載されているものです。原料米は山田錦、酸度は1.25。会社案内によると、「秘蔵酒」の発売は昭和38年12月です。

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いつか、現地へ。

一杯の旅を、
本当の旅に。

国東町綱井の地図をひらく ↗蔵のある国東市国東町綱井を検索します。
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